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『ロスト近代』

 

橋本努著・弘文堂・2012515

 

ごあいさつ

 


 

謹啓

 

例年よりも寒さの厳しい冬がようやく過ぎ去り、急に初夏のような、暖かい春の日々を迎えております。皆様、いかがお過ごしでしょうか。平素は、格別のご高配を賜り、厚くお礼申し上げます。

先週、福島県で桜が開花したというニュースが伝えられました。福島県の富岡町夜の森地区には、およそ2.5キロにわたる桜並木の名所があるそうです。明治33年(1900年)以来、住民たちの手によって植えつづけられ、いまでは2,000本の桜がトンネルをなし、観光客を含めて毎年約10万人が訪れる場所となっていました。ところが、昨年311日後の原発事故によって、同地区は立ち入り禁止区域に指定され、いまはただ、桜はひっそりと咲き乱れては、散りゆくほかありません。その様子を想像するだけでも、さまざまな思いがこみ上げてきます。

 私たちの社会はいま、戦後最大の困難に直面しています。東日本大震災と原発事故は、この社会をどこへ導くのでしょうか。これまで私たちは、地球温暖化を憂慮して、二酸化炭素排出量を減らすために、原子力エネルギーに頼ることが当然であるかのように考えてきました。ところが現在、温暖化問題などは二の次となり、むしろ原子力エネルギーへの依存を克服できるかどうかが問われています。

 3.11を受けて、私たちは時代の大きな変化を見据えなければなりません。このたび上梓しました拙著『ロスト近代』は、原発事故の問題を、「ポスト近代」から「ロスト近代」への時代変容のなかで位置づけ、日本社会が抱える諸問題を、「資本主義の駆動因」という観点から検討しています。大風呂敷を広げて、私たちの社会の行く末を論じています。皆様のご高配を乞う次第です。

 いまから約5年前、小生は拙著『帝国の条件』を上梓し、同書のなかで2001911日にニューヨークで起きたテロ事件(航空機ハイジャックによる、ニューヨークのツイン・タワーの破壊)以降の世界の変容について検討しました。9.11から約10年が経ち、今度は3.11大震災と原発事故が起きました。9.113.11という、この二つの事件は、現代社会を深いところで規定しているように思われます。本書『ロスト近代』は、いわば『帝国の条件』の姉妹編であり、現代社会がかかえる問題を、とりわけ国内の文脈に則して、思想的に掘り下げています。

本書に新味があるとすれば、グローバル化の影響を受けた現代の福祉諸国家が、新自由主義の諸政策を大胆に取り入れた結果、「北欧型新自由主義」というモデルが到来していることを、指摘する点にあるでしょう。あるいはまた、「欲望消費」駆動型の資本主義に代わる「環境」駆動型の資本主義を提起した点に、新しい視角があるでしょう。そのほかの論点につきましては、本書の「はじめに」をご笑覧いただけると幸いです。

 最後になりましたが、皆様のご健康を、心よりお祈り申し上げます。

 

謹白

 

20125

橋本努